中編「人と関わるのって正直メンドウ・・・」から、「人と関わるほど疲れが取れる!」に変わっちゃった話
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「人と関わるのって正直メンドウ・・・」から、「人と関わるほど疲れが取れる!」に変わっちゃった話
の中編になります。
前回は、人と関わることに対して無意識的に疲れを感じてしまう。しかし、どうすればいいのかわからない!そのような、かつての僕の心の叫びについて、書かせていただきました。
まだ、前編を読んでいない方は、ぜひ読んでみてくださいね。
一生、周りに気を遣い続け、
いつも疲れながら生きる人生なんて、
ぜーったいに嫌だ!!!!!!!
このように感じていた私に訪れた転機は、一体どのようなものだったんでしょうか?
それは、、、
「無意識が意識化された時、悩みの原因がわかっちゃったんです!」
気づいた時、
「まじか・・・」って感じでした。
まさに、こんな表情(笑)
いやー、それにしても猫って可愛いです♪
話を元に戻しますと、実は、この悩みを解決するためには、無意識の意識化がめちゃくちゃ大事だったんです!
>無意識の意識化?
>どゆこと?
わかります。わかります。
僕も最初はそのように思いました。
けれども、今や、明確にその大事さが分かっちゃったんです。
では、無意識の意識化とは何かを理解するために、ひとつ質問させてください。
疲れるのって、周りに合わせているからでしたよね。
では、もしあなたが、周りに合わせないで、思ったことを何でも言ったら、どんなイメージがやってきますか?
おそらく、そのイメージは、ネガティブなイメージでしょう。
「自分の悪いところが相手にバレるんじゃないか」
「相手は自分に興味がないんじゃないか」
「周りの人から嫌われてしまうんじゃないか」
などなど、様々なイメージがやってくるかと思います。
実際に、私もそうでした。
こうしたイメージって、ダイヤモンドより固いイメージだと思うんです。
だからこそ、ここから自由になりたいですよね。
では、もう一つ質問です。
このイメージが起こると思うあなたの中には、どんなあなたがいるのでしょうか?
きっと難しい質問だったかと思います。
しかしながら、ぜひゆっくりと、何度も繰り返し、自分の中で答えを見つけ出してみて下さい。
すると、深いところで、あなたは必ず気づくはずです。
それは、あなた自身の深いところにあるアイデンティティーです。
言い換えれば、
あなたが思っているあなたのイメージ
私はこういった存在なんだ!というイメージ
です。
無意識の根本にあるのはアイデンティティーだった!?
まさしく、これは、私にとって大発見でした。
というのも、なぜ私がいつも人と出会うと、人の目を気にして、疲れてしまうのか、これらの原因が明確に分かっちゃったんです!
このアイデンティティーに気づいたことから、変化が始まりました。僕の場合は、もちろん1人では見つけることができず、”アイデンティティーを見つけるプロ”にお願いをして、内観していくのは手伝って頂きました。その際に気づいた内容について紹介したいと思います。
私の人生ではありますが、もしかすると、あなた自身の人生にも共通するところがあるかもしれません^^
ぜひ読んでみてください♪
実は、私の場合は、
「私は、罪深い愛されない人間なんだ」
という思い込みがあったんです。
この思い込みの背景を辿れば、0歳から12歳の間に作られる幼少期の決断から生まれたものでした。
幼少期と言えば、家庭から大きな影響うけます。
私は長男であり、ニつ下の弟がいました。
弟が生まれるまで、私は両親からの愛を独り占めして生きていましたが、弟が生まれることによって、私はお兄ちゃんになってしまいました。
これは、当時の私にとって、とてもびっくりしたことだったはずです。今まで、両親の愛を独占していたにもかかわらず、私より小さくて可愛らしい弟が生まれてきた。
「自分はこれからどうやって両親から愛を受け取ればいいんだろう」
こうして、きっと悩んだはずです。
そして、両親からこのような言葉を言われてました。
「あなたはお兄ちゃんになったんだよ。しっかりとしたお兄ちゃんにならないとね。」
きっと、親は私に対して、「本当にいいお兄ちゃんになってほしい」から言ってくれた言葉なんでしょう。
しかしながら、私はそのような言葉の背景にある”両親の思い”に気づくことがなく、
「私は、しっかりとしたお兄ちゃんにならないといけないんだ!」
「そうすれば、両親から褒めてもらえて、愛されるだろう!」
「けど、しっかりとできないと、褒めてもらえず、自分の事は見てもらえないかもしれない・・・」
このように、感じてしまったことでしょう。
そこから私は、しっかりとしたお兄ちゃんになろうと努力しました。
弟ができない事は自分がやってあげる。
何か弟が困ってたら助けてあげる。
遊びに行くときには必ず弟も仲間に入れてあげる。
そのようにして、「あなたはできるお兄ちゃんだねぇ」とまわりから言われることができました。
しかしながら、私はまだまだ子供だったので、たくさんの失敗もしました。
よく覚えているのは、私が車から降りようと、車の扉を閉めた時、誤って弟の指が車の扉に挟まってしまったのです。
その時に、とても強い罪悪感を感じたことを覚えています。
親も慌てて弟を心配し、僕は怒られてしまいました。
また、小学校の校庭で友達とふざけ合って石を投げていたところ、僕が投げた石が友達のおでこに当たってしまい、友達が出血をしてしまいました。
「とんでもないことをしてしまった・・・」
「クラスの友達からどう思われるんだろう」
「きっとみんな僕のことを軽蔑するに違いない」
そのように深く反省し、恥ずかしい気持ちになりました。
そして、最も困った事は、この事件をどのように親に話すかでした。
「このことを親に話せば、親は私に失望して、もう一生かまってくれなくなるんじゃないか。」
「親が自分のせいだと感じ、落ち込んでしまうのではないか。」
そのように考え出すと、親に言い出す勇気が持てませんでした。
しかしながら、学校から連絡があった母親は、急に僕に連絡してきて言いました。
「なんで、そんな悪いことをしたのにすぐに連絡しないんだ!」
と、怒られてしまいました。
その日、友達の家に謝りに行きましたが、その車の中で母親が言っていた言葉
「こんなふうにあなたを育てたつもりはない」
この言葉は、僕の胸に突き刺さりました。
母親の立場からすれば、「息子に期待をして、立派な人になってほしい」と思うからこそ、言ったのでしょう。
しかしながら、そういった母親の立場を考えることができず、自分のことで精一杯だった当時の私は
「私は、罪深い愛されない人間なんだ」
と思ってしまったのです。
このようにして僕は、自分のアイデンティティーを作り出してきました。
私は、愛されない人間のままじゃ嫌だと思い、罪を拭うべく努力するかのように、私はいい人になろうとがんばります。
勉強は興味が持てませんでしたが、
所属していた野球部では結果を残せるよう頑張ったり、
音楽活動を通して他の人よりも上手になれるよう頑張ったり、
大学時代は優秀な学生になれるよう様々な努力をしました。
しかしながら、どんなに頑張ったとしても、一時的な”褒められたり愛されたりする感覚”だけで終わるのです。
根本的にあるアイデンティティー「私は罪深い愛されない人間なんだ」から、自由になることができなかったのです。
なぜならば、
どんなに周りから、
「すごいね」
「優秀だね」
「どうやってな隆人みたいになれるの?」
と言われたとしても、自分自身が自分のことを認められていなかったのです。
そのことに気づいたとき私は愕然としました。
「私自身、ずっとこのアイデンティティーを握り締めてきていたんだ」
今までの苦しさ
対人関係の悩み
不安
恐怖
諦め
挫折
絶望
これらの感情が全てが湧き上がってくるかのようでした。
そして、相談した方にこう言われたのです。
『この自分を、無理に変化させようとしちゃだめだよ。
まずは、この頑張ってきたあなたに
「今までよく頑張ってきたね」
「大変だったね」
「ありがとうね」
と言ってあげるんだよ。』
そう言われ、実際に言われた通りに、心の中で思ってみると、
私が今までの人生の中でため込んできていた涙が溢れてきました。
「あぁ、私は本当にこの気持ちをずっと繰り返していたんだ。」
「ほんとに、よく頑張ってきたなぁ。」
そのように強く思いました。
すると、ただただ気持ちを感じていただけなのに、ふと今まで握り締めていた不安感・恐怖感が消えていったのです。
「不思議だなぁ」と僕は思いながらも、
「じゃあ、このアイデンティティーから本当に自由になれるるためにはどうすればいいんだろう?」
という次の疑問が湧いてきたので、相談をしてみると、
例えば、旅行に行く時に「現在地」と「目的地」が定まってないとどうなりそう?
つまり、今のあなたの現在地「アイデンティティーとらわれている」ことは何故なのか、何なのかを明確に理解し、
このように言われ、アイデンティティーの外とは何なのか、とても興味を持つようになりました。
そして、その後、アイデンティティーの外のイメージを理解することができたのです。
そのイメージとの出会いについては、次の記事でお伝えしていきたいと思います。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
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Meta Ninshiki Counselor. Takato
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